【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。
今回ピックアップする映画は『告白』の中島哲也監督のホラー映画『来る』(2018年12月7日公開)です。原作は第22回日本ホラー小説大賞受賞作『ぼぎわんが、来る』(澤村伊智・著/角川ホラー文庫刊)。この原作を中島ワールドに染め上げています。
しかし、怖さやサスペンスがありつつも、ちょっとクスっと笑えるところもあるという、ホラーだけではないエンタメ作品です。では物語からいってみましょう。
【物語】
田原秀樹(妻夫木聡)と香奈(黒木華)は結婚し、一人娘をもうけますが、ある日、帰宅すると家がグチャグチャに荒らされていました。娘の泣き声が部屋に響き渡っているのに、妻は部屋に閉じこもり……。そして秀樹のもとに得体のしれない怪物が忍び寄って来るのです。秀樹は友人を通してオカルトライターの野崎(岡田准一)に助けを求め、史上最強の霊媒師・比嘉琴子(松たか子)と妹でキャバ嬢霊媒師の真琴(小松奈菜)が得体のしれない「それ」を倒すために協力するのですが……。
【幸せ夫婦の裏の顔はゲスだった?】
中島監督の映画は、登場人物に対して容赦なく、人間の闇とか悪意とかをグイグイ引きずり出し、被害者よりも加害者の心理を暴いていく姿が魅力です。加害者が「なんでこんなことするのか」「なぜこんなに残酷になれるのか」とギモンが頭に浮かび、それが知りたくて、グイグイと惹きつけられていきます。
しかし、本作はそこにひとひねり加わります。秀樹や香奈は、一見、被害者なのですが、実はけっこうゲスなんですよ!
前半は秀樹の視点で描かれるのですが、表向きは明るく親しみやすい男。しかし、中身が空っぽで能天気で身勝手な男だということが次第にわかってきます。イクメンブログをノリノリで書いているのに、子供の面倒は全然見ない。それで奥さん(香奈)は、ワンオペ育児でノイローゼになってしまうのです。
一方、中盤から香奈の視点が入ってくるのですが、これまた彼女の闇がこれでもか! と描かれます。母親から虐待されていた彼女は娘の愛し方がわからない様子。母親らしくという気持ちはあるけれど、秀樹が何もしないから、そのイライラを幼い娘にぶつけたり、夫への裏切り行為に走ったりするのです。
ふたりはゲスだから、得体のしれない怪物に狙われたのか? しかし、そこには秀樹の過去が関係していたんです。
【最強の霊媒師VS得体のしれない怪物】
秀樹の家で起こった惨劇、そのときに聞こえる声、秀樹には覚えがあるのです。彼は幼い頃、得体のしれない怪物にさらわれそうになったことがありました。その理由は、彼が嘘つきだったから……。もしかしたら怪物は、人間の嘘や悪意や愚かさが大好物なのかもしれません。そしてまた秀樹や同じ穴のムジナたちを連れ去ろうとしているのではないかと……。
琴子と真琴が怪物退治に参戦してから、怪物も巨大な力を発揮し、ポルターガイスト現象を起こしたり、惨殺したり、暴れ放題! そんな状況でもどこ吹く風でマイペースを崩さないのが琴子。彼女の存在にはニヤニヤしてしまいます。とにかく常に冷静沈着で、焦らない、笑わない、よく食べる! そんな琴子を演じる松たか子さんの怪演が楽しいです。
また、日本中の霊媒師を大集合させた琴子が繰り広げる壮大なお祓いシーンは大迫力だけど、どこか滑稽な一面もあって、一筋縄ではいかないホラー映画を象徴しています。
【心理に食い込むホラー映画】
本作の秀樹や香奈や彼らに絡む人物たちの裏表、二面性を見ていると、正直、他人事じゃないんですよね。嫉妬心、怒り、笑顔の裏で思っている正反対のネガティブな感情って誰にでもあると思うんです。
この映画の登場人物は、そんな裏表の感情をすべてさらしていく。負の感情が悪い気を呼び寄せ、どんどん転がり、雪だるま式に膨らみ、大爆発を起こす様を見せてくれる映画『来る』。登場人物の視点を変える構成、スピード感ある展開はワクワクさせてくれますが、琴子以外は負の感情の塊なので、嫌な気持ちになる人もいるかも。けど、ビックリさせるだけのこけおどしホラーじゃないことは確か。人間の愚かさと滑稽さを浮き彫りにする心理ホラーの怪作だと思います。
執筆=斎藤香 (C)Pouch
『来る』
(2018年12月7日より、全国東宝系にて公開中)
原作:澤村伊智『ぼぎわんが、来る』(角川ホラー文庫刊)
監督:中島哲也
脚本:中島哲也 岩井秀人 門間宣裕
出演:岡田准一、黒木華、小松菜奈、青木崇高、柴田理恵、太賀、志田愛珠、蜷川みほ、伊集院光、石田えり、松たか子、妻夫木聡
©2018「来る」製作委員会
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