【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。

今回ピックアップするのは加賀まりこ&塚地武雅共演作『梅切らぬバカ』(2021年11月12日公開)です。

これが素晴らしい映画なんですよ!

自閉症の息子と母親の日常を描いた作品で、とても爽やかで心が温かくなるんです。では物語から行ってみましょう。

【物語】

山田珠子(加賀まりこ)は息子の忠男(塚地武雅)と二人で暮らしています。忠男は自閉症で、毎日のルーティーンを守ることにこだわりを持っています。

そんな山田家の庭には枝が伸び放題の梅の木があり、隣に引っ越してきた里村家から注意をされてしまいました。でもその枝を切ろうとすると、忠男が悲しむのです。

ある日、珠子はグループホームの案内を受け、息子を入居させることに。初めて母親と離れて暮らすことになった忠男ですが……。

【母と息子の幸福な日々と不安】

この映画は、自閉症の息子を抱えた母親が主人公ですが、「介護が大変」「障害を持った子供を抱えた家族のリアル」とか、そういう映画ではありません。

珠子さんは息子と過ごす日々を愛しく感じています。ただ一点、不安なのは、人生の順番として先に逝くのは自分。「このままじゃ共倒れになっちゃう」と。ひとりで生きることになる息子のことが心配なのです。

だから珠子さんは忠さんをグループホームに入れて、自分がいなくてもやっていけるように仲間を作り、生活習慣をつけさせようとするのですが、彼自身が適応できるか否かの問題だけでなく、地域には障害者たちが生活するグループホームにネガティブな感情を抱く人たちもいます。

【障害者と健常者が共に生きる世界】

珠子さんと忠さんの日々はやさしさに満ち溢れていて、とても癒されるのですが、忠さんはじめ、障害を抱えた人々への地域の住民の偏見の眼差しは、障害者を持つ家族にとってはしんどいこと。

地域の人たちの強い態度は問題ありと思いつつも、彼らは障害を持つ人に対してどう接していいのかわからない。彼らが何を考えて、どういう行動にでるのかわからないから怖いと感じてしまんですよね。その気持ちもわからなくはないと思いました。

その一方、隣に引っ越してきた里村家は、最初こそ、山田家の庭から伸びる梅の木の枝が危ないと不満をもらしていましたが、小学生の息子が忠さんに接していったり、奥さんと珠子の交流を経て、偏見の目が消えるんです。

知らなかったから怖かったけど、よく知り合えば、問題なく付き合える。「そういうもんだよなあ」と思いましたね。理解しようとする気持ちが、お互いの心の扉を開くのです。

【加賀まりこと塚地武雅が素晴らしい!】

そんな風に、この映画を観ながら、共感したり、温かい気持ちになれたのは、珠子を演じる加賀まりこさんと忠さんを演じる塚地武雅さんの素晴らしい演技があったから。

珠子さんは息子を名前の忠男とは呼ばず、ニックネームの「忠さん」って呼ぶんですが、その温かくて優しい声や笑顔が見ているこちらにもすごく安心感を与えてくれるのです。「忠さんのお母さんがこの人で本当に良かったなあ」としみじみ。加賀さんは54年ぶりの主演映画というのが信じられないほど、主演の華、器の大きさがあり、輝いていました。さすが大女優!

自閉症の息子・忠さんを演じる塚地さんは、もう神演技といってもいい素晴らしさでした!人の目を見ない、コミュニケーションを取らない、セリフも時間の確認くらい。

そんな自閉症の男性を丁寧に演じていて、その誠実な演技には、いい演技をしようという気負いはまったくない。忠さんと真摯に向き合っているからこそ生まれたのではないでしょうか。

【さわやかで温かい気持ちになれる!】

本作は、珠子さんと忠さんの日常と近所の方々との交流を描いた作品で、忠さんの自閉症の症状が良い方へと変化するわけでもありません。自閉症とその母親の生活を大切に描いて、変わらない日常がとても幸福であることを綴っています。

偏見を持った人々との関係も、簡単に結論を出したり、まとめようとしていないのもかえって良かった。下手な感動に持っていかないところに品を感じます。そこは和島香太郎監督のセンスではないかと。

心にさわやかな風を送ってくれる映画『梅切らぬバカ』。

人間関係でイライラ、モヤモヤとしている人にもオススメ。穏やかな良薬のような作品です。

梅切らぬバカ
(2021年11月12日より、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー)
監督・脚本:和島香太郎
出演:加賀まりこ、塚地武雅/渡辺いっけい、森口瑤子、斎藤汰鷹、徳井優、広岡由里子、北山雅康、真魚、木下あかり、鶴田忍/永嶋柊吾、大地泰仁、渡辺穣、三浦景虎、吉田久美、辻本みず希/林家正蔵、高島礼子
©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト