【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。

今回ピックアップするのは、2022年東京国際映画祭では、観客賞を受賞した作品稲垣吾郎主演映画『窓辺にて』(2022年11月4日公開)。監督は『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』(いずれも2019年公開)の今泉力哉監督です。

本作は今泉監督のオリジナル脚本で、稲垣吾郎ありきで出来上がった大人のラブストーリー。愛についていろいろ考えさせられましたよ。では、物語から。

【物語】

市川茂巳(稲垣吾郎さん)は、小説を1冊出してから書かなくなってしまったフリーライター。彼には編集者の妻・紗衣(中村ゆりさん)がいますが、彼女は若い小説家と浮気をしています。

茂巳はそれに気づいていましたが、妻が浮気をしているのに何の感情も湧いてこないことにショックを受けます。

そんなとき、ある文学賞を受賞した高校生作家の久保留亜(玉城ティナさん)の小説が琴線に触れた彼は、彼女にこの小説のモデルがいるなら会わせてほしいとお願いするのですが……。

【恋愛感情ゼロの主人公の可笑しみ】

ラブストーリーといえば、好きと好き同士の間に障害があり、その壁を乗り越えてふたりが結ばれるというのが定番。

でも本作の夫婦、表向きこそうまくいっているように見えますが、妻が浮気しても、夫は心の中で「……?」という感じなんですよ。

「俺を裏切ったな」と妻に怒ったり「妻を奪いやがって」と不倫相手を責めたりする気もなく、心の中の恋愛メーターがずっとゼロ。そして彼は、そういう感情が生まれない自分にアタフタしているんです。

それがなぜかを知りたくて、小説家の女子高生や友人のスポーツ選手とその妻に「なんでだと思う?」みたいな相談をするのですが、それもちょっと面白かったですね。

だって、そんなの他人にわかりっこないじゃないですか。友人のスポーツ選手の妻が「奥さんと話し合ってみた方がいい」と定番のアドバイスをしますが、“そう言うしかない” というのが、また可笑しくて……。

【稲垣吾郎にしか演じられない役】

そんなオフビートな主人公に稲垣吾郎さんがピッタリ。

今泉監督が稲垣さんをイメージして脚本を書いているせいもありますが、茂巳は稲垣さんのいいとこ取りしたようなキャラクター。“ギラギラしていなくてクール、だけどユーモアがある” んです。

だから「あれ? 妻が浮気しているのに、俺、全然嫉妬してない」と心の中でずっとモヤモヤしている感じが、ふわんと柔らかく伝わってくるのです。

深刻にならず、ユーモアをたたえながら、何の感情も生まれない自分に向き合い続ける茂巳。まさに本作は、稲垣吾郎ワールド、稲垣さんの魅力をこれでもかと堪能できる作品になっています。

【助演陣も最高の芝居で稲垣さんを盛り上げている!】

そんな稲垣さんを支える、助演の俳優陣も素晴らしかったです。

個人的には、女子高生作家を演じた玉城ティナさんの巧さにびっくり! 玉城さんの出演作はいくつか見ていますが、個人的には本作が最高なんです。

純文学を執筆できる鋭い感性と彼氏の浮気で落ち込む子どもっぽさが同居している留亜。

キラッキラに輝く魅力的な玉城さんが見られる映画だと思いました。

【観客に考える余白を残す映画】

ちなみに、浮気しているのは茂巳の妻だけでなく、茂巳に定番アドバイスをあげたスポーツ選手の友人も浮気しているんですよ。

でもみんな何だか人がよく「遊んだっていいじゃん」と開き直っている人はいなくて「いけないことだよね、でもでも」とモヤモヤしながら浮気をしているのです。

愛と向き合って悩んでいるのは、茂巳だけじゃない、それぞれ愛の悩みを抱えて「これでいいのか」と考えている。そして彼らを見ながら、こちらも考えてしまう。「自分はどうだろう」「パートナーが浮気したら怒る? 怒らない?」みたいな。

恋愛を描いているのに、感情が生まれないと悩む主人公という画期的なラブストーリー『窓辺にて』。稲垣吾郎ファンはもちろんですが、ベタな恋愛映画が苦手な人にもおすすめしたい作品です。

執筆:斎藤 香(c)Pouch
Photo:©2022 「窓辺にて」製作委員会

『窓辺にて』
(2022年11月4日より、全国ロードショー)
監督・脚本:今泉力哉
出演:稲垣吾郎、中村ゆり、玉城ティナ、若葉竜也、志田未来、佐々木詩音、倉悠貴、穂志もえか、斉藤陽一郎、松金よね子