【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して本音レビューをします。

今回ピックアップするのは、第98回アカデミー賞で作品賞、国際長編映画賞など8部門9ノミネートしているノルウェー映画『センチメンタル・バリュー』(2026年2月20日公開)。です。この大注目の作品を試写で鑑賞したのですが、俳優全員が神がかった演技! そしてじわじわと胸に迫る感動!映画らしい描写に溢れた作品でした。

では、物語から。

【物語】

ノルウェーのオスロで俳優として活動するノーラ(レナーテ・レインスヴェさん)と家族と穏やかに暮らす妹のアグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオースさん)。そんな彼女たちのもとに、幼いころに家族を捨てて出て行った映画監督の父(ステラン・スカルスガルドさん)が現れ、自身の15年ぶりの新作映画の主演をノーラに演じてほしいと依頼するのです。

しかし、ノーラは父への怒りと失望がいまだ根深くあるためその依頼を断ります。すると父はハリウッドの人気女優レイチェル(エル・ファニングさん)を主演に抜擢するのですが……。

【父の帰宅で家族の過去が動き出す】

前半、ノーラ主演の舞台裏の様子が映し出されます。開演時間直前、彼女は何度も劇場から脱走しようと逃げ回ります。本番前でお客さんが待っているのに。ヒロインはとても繊細な女性なのだと思いました。

そんな彼女のもとに幼いころに出て行って以来、音信不通だった父が突然現れ「俺の映画に出てほしい」と言ってくるわけです。ノーラは「は?絶対イヤだけど」とキッパリ断ります。すると父は人気女優を連れてきて、家族の思い出がつまった実家で撮影すると言い出し、ノーラは驚きます。「どういうつもり?」と。

母に対して怒鳴りちらしていた父の姿がノーラの脳裏に甦り、閉じていた幼いころの辛い記憶が扉を開きます。しかし、同時に父や妹のアグネスも家族の過去を振り返ることになるのです。

【父と娘たちは過去を振り返りまっすぐに向き合う】

本作は映画監督の父とその娘たちがしんどかった家族の過去を振り返る物語です。ノーラは恋愛が長続きしないのですが、もしかしたらそれは父が母に対して怒鳴っていた過去がトラウマになり、恋愛に深く踏み込めないのかもしれません。

アグネスは穏やかな人生を送ってきましたが、彼女は父の過去を調べ、辛い過去を見つけて動揺。そして父は、家族と住んだ家で撮影しながら「何かが違う」と違和感を覚え、なかなか先に進めません。その違和感は主演のレイチェルも感じていました。

そんなモヤモヤした感情を登場人物は抱いていますが、そのままにしていたら前に進めない。だから彼らはその感情と向き合うのです。

【父が書いた脚本の秘密】

ノーラは父からの出演依頼をつっぱねたので、父が執筆した脚本を読んでいません。アグネスも読んでいなかったのですが、父に渡され、読んだことで気づいたことがあったんです。そして映画の後半、アグネスがノーラに「読んでほしい」とお願いすると、ノーラの心は動きます。

愛情表現や人間関係を築くのが下手な父が本音を語れるのは脚本の中だけで、その脚本には家族と初めて向き合った父がいて、アグネスはそれに気づいてノーラにお願いしたのかもしれません。そして自分と同じように人間関係を築くのが不器用な娘のノーラもそこに存在していたのではないかと思いました。だから父はノーラに出演してほしかったんです。

【説明を省き、描写で見せ切る】

自身も父親となったヨアキム・トリアー監督は、家族が暮らした家をベースに映画監督の父と姉妹たちが家族を取り戻していく姿をセリフで語ることなく、微妙な心の揺れ動きをスクリーンに映し出して物語を進めます。とてもスマートな演出でしびれましたよ!

そして俳優たちの名演技! 本作から4人(レナーテ・レインスヴェさん、エル・ファニングさん、インガ・イブスドッテル・リッレオースさん、ステラン・スカルスガルドさん)が演技賞候補になっているのもうなずけます。とりわけ助演男優賞候補のステラン・スカルスガルドさんは言葉少ないのですが、表情で感情を物語るお芝居が素晴らしかった。

主人公はノーラですが、お父さんはもうひとりの主役だったと思います。

自分と家族の関係を考えるきっかけをくれる映画『センチメンタル・バリュー』。劇場で静かな感動に身を委ねていただきたいです!

執筆:斎藤 香(c)Pouch
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センチメンタル・バリュー
2026年2月20日(金)より全国ロードショー
監督:ヨアキム・トリアー
脚本:ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
出演:レナーテ・レインスヴェ、ステラン・スカルスガルド、インガ・イブスドッテル・リッレオース、エル・ファニング