【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。

今回ピックアップするのは『ゆれる』などで知られる西川美和監督の最新作『すばらしき世界』(2021年2月11日公開)です。

オリジナルの長編作品を作り続けていた西川監督が初めて原案小説(佐木隆三・著「身分帳」)をベースに作り上げた映画『すばらしき世界』は大傑作でした!

主演の役所広司さんは、もともと演技派として知られていますが、本作ではさらなる神演技。 まずは物語からいってみましょう。

【物語】

旭川刑務所から長い刑期を終えて出所した元・殺人犯の三上(役所広司)は、身元引受人の弁護士の庄司(橋爪功)と妻(梶芽衣子)に迎えられます。かつてヤクザでしたが、今度こそ普通の生活を営もうと決心していた三上。

ある日、元テレビ制作会社に勤務していた作家志望の津乃田(仲野太賀)が三上を訪ね、前科のある人間が復帰する姿を取材したいと申し出ます。

三上は消息不明の母を人捜しの番組で捜索してもらうことを条件に取材を受け入れますが、元・殺人犯の彼は怒りを制御できない激しい気性の持ち主。

その激しさや前科があることが、彼の望む「普通の生活」への道を阻んでしまうのです。

【魅力的で狂暴な主人公】

試写で観させていただいたのですが、あまりに素晴らしくて見終わったあとしばらく動けませんでした。愛嬌のある男だけど、怒りを制御できなくてすぐ暴力に走ってしまう主人公の三上という男の人生が胸に迫ります。

出所して、迎えに来た身元引受人の家で温かく迎えられて感動する三上。

幼い頃、母と離別し、ヤクザになるしか生きる術がなかった男は、親の愛や家庭のぬくもりを求めていたのでしょう。

だから消息をたった母親を探しているわけです。同情すべき点も多い人物なのですが、事情があったにせよ、若いヤクザを日本刀でめった刺しにして服役していた元・殺人者でもある。

そのまっすぐ過ぎる正義感と狂暴性が物語が進むにしたがって明らかになっていきます。

【正義感と暴力の狭間で生きる男を演じる役所広司】

三上はとても正義感の強い男。サラリーマンがちんぴらに囲まれているとき「助けなければ」と正義のスイッチが入るのですが、ちんぴらが動かなくなるまで徹底的に打ちのめす姿は恐怖しかありません。

また暴れまくっているときの三上の顔がイキイキしているように見えて怖いんですよね。

本人は正しいことをしていると思っているのですが、正義と暴力の狭間にある狂気を見た!という気持ちに。

役所広司さんは、この男の抱える狂気を親しみやすいキャラクターで包み込んで演じています。それをジワジワと三上の体から放出していくのがもう凄い!

【母親の消息を追い続けるいじらしさ】

物語が進むうちに、何をやっても空回りし、うまくいかないとイライラして荒っぽくなり「また暴力をふるって誰かを傷つけるのでは」と、観客を不安にする三上。

でも、そんな彼を祈るような気持ちで観てしまうんですよ。それは「堅気として普通の生活がしたい」という彼の真摯な気持ちと同時に、4歳の頃に別れた母の愛情を渇望している彼のいじらしさを感じるから。

「自分が養護施設から出た後に、母が迎えに来たかもしれない」とか言うんですよ。この小さな可能性に懸けているところがもう切なくて。

【主人公はダーティヒーロー】

この映画は西川監督にとって初の原案ありの作品です。原案は佐木隆三・著「身分帳」。

身分帳とは受刑者の個人情報が記されている極秘資料のこと。ただ原作は1991年に発行されたものなので、主人公のプロフィールを現代に置き換えるために、1990年代と現代のさまざまな違いをリサーチ。

行政や刑務所など3年間取材を積み重ねて、脚本を完成させたそうです。

西川監督は三上についてこう語っています。

「三上のキャラクターは映画によくあるダーティヒーロー像に近いと思います。感情が豊かでけんかっ早くて、正義感が強くて、チャーミング。ある種、映画的すぎるくらいなのですが、そんな人格が現代社会に置かれれば、とても活躍の場なんてない。みんな映画の中では不器用でストレートな正義感を求めているけど、現実世界では正義が何かなんて考えない」(映画資料より抜粋)

たしかにキャラクターがはっきりしているから、わかりやすい人物ではあります。過去に傷を持ったダーティーヒーロー。悪い奴を懲らしめてくれる正義感の強い男。って書くとかっこいいけど、世の中の人は前科者ってだけで色眼鏡で見ますし、極端な行動に出る人を怖がりますから。

だから三上にとっては生きにくい世界なのかも。ただ、普通に仕事して、食事して、家族と生きていきたいだけなのに。

とにかく一瞬たりとも三上から目が離せないし、ラストシーンがまた美しくも切なくて、いまでも脳裏に焼き付いて離れません。

また役所さんはやっぱり名優! 三上という男がリアルに立ち上がってきたのは、役所広司が演じたからこそ。その名演をぜひ堪能していただきたいと思います。

執筆=斎藤 香 (c)Pouch

すばらしき世界
(2021年2月11日より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー)
監督&脚本:西川美和
原案:佐木隆三著「身分帳」(講談社文庫刊)
出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美、梶芽衣子、 橋爪功
配給:ワーナー・ブラザース映画
©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会