【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。
今回ピックアップするのは、黒澤明監督作『生きる』をリメイクしたイギリス映画『生きる LIVING』(2023年3月31日公開)です。脚本は『日の名残り』、『わたしを離さないで』などで知られるノーベル賞作家、カズオ・イシグロさん。そして主演は、本作の演技で第95回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたビル・ナイさん。
公開初日に劇場で鑑賞しましたが、余命を知った老年の男の生き方が心に染みる映画でしたよ。では、物語から。
【物語】
舞台は1953年、第二次世界大戦後の復興途上のイギリス、ロンドン。
役所の市民課に勤めるウィリアムズ(ビル・ナイさん)は、ピン・ストライプのスーツに身を包み、山高帽を被り、同じ時間の同じ車両で通勤する生真面目な英国紳士。
寡黙で冗談を言うことなく、仕事をもくもくとこなしてきた孤独なウィリアムズにとって、「人生は空虚で無意味」なものでした。
そんな彼はある日、医者から癌を宣告され、余命半年であることを知ります。手遅れになる前に残された人生を充実させようと行動に移しますが……。
【半年の人生を充実させる方法がわからない】
ウィリアムズは真面目に生きてきた男です。毎日同じことの繰り返しでも文句も言わず、与えられた仕事をこなす日々。
社交的ではないので羽目を外すこともなく、友人もいないし、妻の亡きあとは息子夫婦とも距離がありました。息子のお嫁さんからは鬱陶しがられていて、ちょっと可哀想なくらいです。
そんな男なので、癌と宣告されショックを受けても誰かに話すことなく、ひとりで静かに耐えます。しかし、「人生なんて空虚だ」と思っていたウィリアムズでも、あと半年しか生きられないと思うと「何かやらなくては」と思うものなんですね。
ただ悲しいことに “遊び方” を知らないから、役所をサボったり、バーでお酒を飲んだり、そんな小さなことしかできないんですよ。そんなとき、役所を辞めて自分の道を歩み出した元部下と再会するんです。
【イキイキしている若者に刺激を受ける!】
元部下のマーガレット(エイミー・ルー・ウッドさん)は「レストランの副店長として新しい人生のスタートを切るんです!」と言って辞めたのですが、まだ副店長になれず、ウェイトレスとして働いていました。それでも彼女は希望を捨てていません。
何事にも積極的で諦めないパワフルな彼女に刺激を受けたウィリアムズは、自分にできることを模索し始めます。そして、誰かのためにできることを選択するのです。それは、役所内でたらい回しにされていた、“子どもの遊び場を作る仕事” でした。
実は、映画冒頭で「子どもの遊び場がないから作って欲しい」と、女性たちが役所に相談に来るシーンがあります。でも役所の人たちは全然相手にしないし、ウィリアムズもスルー。しかし、それが映画の後半に生きてくるんです!
【生きがいは身近なところにある】
ウィリアムズは放置されていた子どもの遊び場建設の案件を市民課の課長として推進します。生まれ変わったように頑張る彼に周囲は驚きますが、時間のない彼はそんなことは気にせず必死。
そのいきいきしているウィリアムズを見て、こちらも嬉しい気持ちになりました。やっぱり人の役に立つっていいものですね。
ウィリアムズは、これまでも真面目に仕事をしてきましたが、与えられたことを無心にやっていただけだったんですね。でも今は、自分で決めた人の役に立つ仕事を懸命にやっています。その姿は元部下のマーガレットに負けないくらいパワフルでした。
【雪の中、ブランコに揺られて…】
黒澤明監督の『生きる』の主人公(志村喬さん)が雪の中でブランコに揺られているシーンは有名ですが、本作にも登場します。なぜブランコに乗っているのか、
その理由は映画を見ていただきたいのですが、このシーンはウィリアムズにとって至福の瞬間であると言ってもいいでしょう。
人生は自分次第で面白くなる! 充実できる! この映画を通して、余命半年を全うしたウィリアムズにいろんなことを教えられた気がします。人生に迷ったとき「また観たい」と思える作品に出会えてうれしい……。本当にオススメの映画です。
執筆:斎藤香(C)Pouch
Photo:(C)Number 9 Films Living Limited
『生きる LIVING』
(2023年3月31日より全国ロードショー)
原作:黒澤明 監督作品『生きる』
監督:オリヴァー・ハーマナス
脚本:カズオ・イシグロ
出演:ビル・ナイ/エイミー・ルー・ウッド/アレックス・シャープ/トム・バーク
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