ラーメンって、その土地ごとの個性が強く出る食べ物ですよね。北海道出身の記者にとってはラーメンというと「札幌ラーメン」でした(東京に出てくるまで、あれが札幌独特のものだと知らなかったくらいに……)。

東京の新進気鋭のラーメン屋さんが出す凝りまくったラーメンもいいんだけど、地元の人たちに長い間愛され続けているラーメンっていうのもエスニック料理みたいでロマンがあるよね!

千葉県・房総半島には、3つの“伝統的地ラーメン”があるといいます。長南町の「アリランラーメン」、勝浦市の「勝浦タンタンメン」、そして富津市の「竹岡式ラーメン。その3つのどれもが「超個性的」で「東京にはない」ものだとのこと。

なかでも千葉県富津市の地ラーメンである「竹岡式ラーメン」は、「乾麺を使う」「スープはチャーシューの煮汁のお湯割りで真っ黒」などという他では見られない強烈な個性がポイント。そのパイオニアである『梅乃家』は公共交通機関ではたどり着くのが至難の業なのに行列店なのだとか。うーんなんだそりゃ、ミステリアスで素敵だな。

この週末デートの予定もねえし、いっちょラーメンでも食い行っか! というわけで、ひとり房総半島に向かったのでした。

都心から車で1時間半程度。東京アクアラインを抜けて館山方面、富津竹岡インターチェンジから海側におりてたどり着く竹岡地区はとても静かな、海に面した小さな漁村集落です。道端でおばあちゃんたちがのんびり井戸端会議してる。猫が軒先でひなたぼっこしてる。東京のせかせかした日々とは無縁の、スーパースローな世界がそこにありました。

『梅乃家』はそんなのどかな竹岡のほぼ中心、国道沿いに建っています。田舎の一軒家の1階を改装したような建物、なかなかに年季が入っていてよい感じ。記者が訪れた日は土曜日の昼間ながら、事前に調べた「1時間待ちの行列」はなく、4名ほどの方がのんびりと順番待ちをしていました。海風を感じながら行列に加わって15分ほど、席に案内してもらえました。

小上がり2席と、昔ながらの長テーブルが3列。店内は昭和レトロな雰囲気が満載、そこに濃厚な醤油の香りが漂い、開け放たれた入り口と窓からは潮風がおだやかに流れてくる。その心地よさといったら! 店の雰囲気だけでも、東京では得がたいアンビエントさに酔えます。

メニューはラーメン(600円)、チャーシューメン(700円/この日はチャーシュー不足で欠品)とそれぞれの大盛り(+50円)のみ。これに「やくみ」という名の刻みタマネギ(50円)をプラスしていただくのがココの流儀っぽいね。よし、いちばん基本の「ラーメン」に「やくみ」で注文しよう。

店内にはおだやかな笑顔でキビキビ動くおばちゃんたちが4~5人。「あそこの山に白蛇がいるんだって」「そうそう、運がいいと会えるみたいだよ」なんて会話が耳に入ってくる。んもーその田舎な素朴さがかわいい!

「竹岡式」の特徴のひとつ目が、全国的にも珍しい「乾麺」を使ったラーメンだということなんだけど、これはパートに来る漁師の奥様方でも上手に茹でられるようにという配慮なのだそうな。ふと厨房を見ると、おばちゃんたちが金属のボウルを七輪に直置きして麺をゆでてる! こういうところも素敵だなあ。

もうひとつの特徴、チャーシューと煮汁。ガスコンロに置かれた大鍋では、豪快にブロック状に切った豚バラ肉と、醤油がガンガン煮られている。たまにおばちゃんが、1升ビンを逆さにして醤油を追加してる。ふわんと漂う、お醤油のいい香り。見慣れないビンだなーと思ったら、同じ富津市の「タマサ醤油」なんだそうな。

そうして待つこと10分程度、おばちゃんがアルミの盆にドンブリをのせて持ってきてくれました! 

やったー! って、スープがなみなみと注がれすぎてて、おばちゃんスープを盆にタパタパこぼす! となりの人のも向かいの人のもタパタパこぼす! それどころか、ジャババーっとこぼすこともある。良く見てみると、明らかにどんぶりを乗せた盆が斜めになっていたりする。そりゃこぼれるっしょ! って心のなかで突っ込みを入れつつも、その豪快な様子が愉快でならない。盆の上だからテーブルは無事だけど、むしろこぼすのがお作法なのかな?

これが、待ちに待った「竹岡式ラーメン」かー。さっそく食べてみよう! 「やくみ」もチャーシューも、めっちゃ盛られてる! ほかの具はメンマと海苔。うーん女子にはかなりボリューミー、食べきれるかな……

【スープ】
豚肉を醤油で煮込んで作ったチャーシュー、その煮汁をお湯で割っただけ! ……なのだそうだけど、想像以上に肉のうまみがものすごくぎっしり、醤油の強いかおりとのマッチングが絶妙! ふつうの醤油ラーメンよりずっと個性的で、おいしい! 何でだろう、豚肉がいいのか、醤油がいいのか。やくみの力か。はたまた雰囲気のせいなのか? 

【麺】
乾麺とはいえインスタント麺っぽくはない。麺としては個性のうすい感じ、なのだけど、乾麺だからなのか醤油スープがめっちゃ染み込んでる。これはちょっとうれしい。そして意外と量があるっぽい!

【チャーシュー】
何がインパクトかって、このドカドカドカっと盛り込まれたチャーシュー! きっと力仕事が多い漁師さんのパワー源になるように、ガッツリにしてあるのね。メニューには「4枚」って書いてあったけど、6枚(というかごろっとした「個」)くらい入ってないか? 女子がうかつに迷いこんでいい場所じゃなかったのかしら……ううむ。でもこのチャーシューがまた、角煮状態でおいしいのなんの。脂身も多めだけど、口の中でほろっと溶けて甘い! うまーーい! これが意外とくどくないんだ。

見た目では想像できないほど、量と濃さのあるパワフルな1杯でありました。格闘に格闘を重ねて、なんとか完食! おなかをすかせて乗り込んだのに、爆発寸前になりました。でもおいしかったから気にしない! ああなんとすばらしき満足感。

ところで、飲みものに竹岡の地酒『聖泉』(合資会社池田酒店)と、名物の「梅割り」(焼酎と梅エキス)がありました。車で来た記者は当然試すことができず大変ざんねん。でもラーメンがあの量だから入らないだろうなー。

今では行列店だけど、もともとは漁師さんたちが食べるガッツリラーメンだったのでしょう(女子はヘルプ男子を連れてくるといい!)。50年もの長きにわたって愛され、磨かれてきたこの1杯は唯一無二、異次元の魅力にあふれています。マッチョっぽいのに地元のおばちゃんたちが和気あいあいと作ってる、というギャップもまたチャーミング。また来たいまた食べたい、と強く思わされます。「週末に女ひとりでラーメンを房総まで食べに来る」という悲哀を、すっかり忘れた記者でありました。 

(取材・写真・文=纐纈タルコ)

▼『梅乃家』近くからの風景。
海を背景に、おばあちゃんたちが語り合う。

▼さて、あらためまして……いただきまーすっ!