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[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今回は4月19日公開のスティーヴン・スピルバーグ監督作『リンカーン』をピックアップしました。第85回アカデミー賞では最多ノミネートながら、ベン・アフレック監督作『アルゴ』に作品賞も話題も持っていかれてしまった同作品。

が、しかし、やはり最多ノミネートは伊達じゃない。いまこそ見るべき映画であると確信できるし、本作で、アカデミー賞史上初3回目の主演男優賞を受賞したダニエル・デイ=ルイスが、神! のような演技を見せる映画でもあるのです。

1865年、エイブラハム・リンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)は、大統領選に再選したけれど苦境に立たされます。南北戦争は4年目に突入し、多くの命が奪われていました。「全ての人間は自由であるべき」と信じるリンカーンは、奴隷解放を実現するには、憲法を改正するしかないと考え、合衆国憲法修正第13条を議会で可決しようとします。ところが「奴隷解放」に異を唱える者は多く、可決するには20票足りないのです。そこでリンカーンは、あらゆる策を練り、実行に移していくのです。

映画『リンカーン』では、エイブラハム・リンカーンの二つの顔を描いています。奴隷解放を掲げる大統領としての顔と、一家の主としての顔です。リンカーンが合衆国憲法修正第13条を議会で可決しようと頭を悩ませている時、家庭では息子(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が入隊を希望します。同年代の若者が闘っているときに、自分だけ何もできずにいることが我慢ならないのです。しかし、リンカーンは父として反対。彼と妻(サリー・フィールド)はすでに息子を失っており、妻は精神が不安定になっているのです。

そんな悩めるリンカーンの姿をダニエル・デイ=ルイスは緩急つけた演技でぐいぐいと見る者をスクリーンにくぎ付けにしていきます。可決するための策には様々な障壁があり、側近たちをも説得しなければならない場面、おそらく脚本数十ページあろうかという長い長いひとり語りのシーンのダニエル・デイ=ルイスの凄さ! ゆったりとした口調で、時折ユーモアをたたえたエピソードを散りばめて語りながらも、徐々にテンションを上げていき、最後は大統領の威厳をきっちり強調する。その話術の素晴らしさ。

見ているうちに「ダニエル・デイ=ルイスはリンカーンの生まれ変わりじゃないか」とさえ思ってしまうほど。スクリーンから飛び出してきそうな、まるでひとり3Dみたいな圧倒的存在感。演説もすごい説得力で、思わず聞き惚れてしまいます。

ダニエル・デイ=ルイスから素晴らしい演技を引き出したスピルバーグ監督。さすが名匠と思ったら、スピルバーグ曰く、

「ダニエルはリンカーンのことを何から何までわかっていた。私の理解不能なレベルまで把握していた。だから役作りに対して彼に尋ねたことも、疑問に思ったこともない。私はただ自分に “邪魔をするな、演技をとらえろ! 自分が知っている最高のやり方で手にするのだ!” と心の中で言い聞かせていたよ」

名匠にここまで言わせるダニエル・デイ=ルイス、やはり神! です。

政治家の映画って難しそうと思うかもしれないけど、『リンカーン』は、見始めたら引き込まれると思います。この映画を見ると、権力の使い方がよくわかるのですよ。リンカーン大統領は権力の使い方がうまい。彼は最初から権力を振りかざすようなことも、追い込まれて権力で牛耳ることもしません。ものすごく考え、ギリギリまで交渉し、ここぞというところで権力を行使するのです。国のトップの権力とは、こうして使うものなのですね。

日本がグラグラ揺れている今、このようなリーダーが出てきてくれないかな……と思ったりして。今見るべき映画でもあるのです。ぜひ『リンカーン』に会いに行ってください。
(映画ライター=斎藤香)

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『リンカーン』
2013年4月19日公開
監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:ダニエル・デイ=ルイス、サリー・フィールド、デヴィッド・ストラザーン、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ジェームズ・スペイダー、ハル・ホルブルック、トミー・リー・ジョーンズ、ジョン・ホークス、ジャッキー・アール・ヘイリー、ブルース・マッギル、ティム・ブレイク・ネルソン、ジョセフ・クロス、ジャレッド・ハリス、リー・ペイスほか
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