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[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今回ピックアップするのはスパイク・ジョーンズ監督作『her/世界でひとつの彼女』(6月28日公開)です。人工知能OSに恋した男の切ないラブストーリー。実在しない人物との恋愛? 「ありえない」と思いますか? いやいや現実ありえるでしょう。二次元のキャラクターに恋したことありませんか? こんな人がいたらいいのに~なんてポワンとなった経験、一度はあるでしょう。それと変わらないわけです。

そんな世界が、とっても切なく抱きしめたくなるような恋愛映画としてスクリーンに登場。それが『her/世界でひとつの彼女』です。

【物語】

ちょっと未来のロサンゼルス。手紙の代筆ライターのセオドア(ホアキン・フェニックス)は、妻のキャサリン(ルーニー・マーラ)と離婚調停中。まだ彼女のことが忘れられない彼は悲しみを胸に秘めています。そんなとき、最新式人工知能のOSの広告を見つけて、好奇心からダウンロードしたセオドア。

PCから聞こえてきたのはサマンサ(声・スカーレット・ヨハンソン)の「ハロー」という明るい声。目覚ましい情報処理能力と自分の意思を持ったサマンサに好感を抱いたセオドアは、携帯端末にインストールして、いつでもどこでも会話をします。

セオドアは彼女に心を許し、サマンサは物凄い速さでセオドアからの情報を自分に取り込んでいき、人工知能であることを忘れてしまうほど豊かに感情を表現します。刺激的で新鮮な日々。セオドアはサマンサに恋をしますが、でもやはり彼女は人工知能のOS。徐々に虚しさを感じ、辛い想いを重ねるようになるのです……。

【人工知能に恋をして感じる幸福と虚しさ】

人工知能のOSに恋する物語というと新しい印象を与えるかもしれないけど、これまでも二次元の存在に恋する物語は数多く作られてきているし、決して新しい世界観ではないのです。現実の世界に飛び出してくるようなファンタジー映画もありましたよね。

『her/世界でひとつの彼女』の人工知能のサマンサは、セオドアと出逢ったときは何も知らない少女のようです。彼はサマンサをいろいろな場所に連れていき、様々な体験を共有します。ひとつひとつの出来事に感動するサマンサ。その反応がセオドアには嬉しく、おそらくひとりの女性を自分色に染めていくような錯覚を覚えたのかもしれません。

でも恋したら、相手と触れ合いたいと思うじゃないですか。そこがネックになってくるんですよねえ。ある方法で触れる体験を試みようとするのですが……ネタバレになるのでこれ以上は書けないけれど、逆にセオドアは傷ついてしまうのです。彼女はやはり人工知能なのだと現実を知るわけです。そして成長していった彼女から突きつけられる辛い真実。決して騙していたわけじゃないのだけど、見ているこちらは「そうだよね、それはありうるよね」と納得しつつも、なんかもう裏切られたような、やるせない気持ちになっちゃうんですよ。

【Siriより先に生まれた人工知能サマンサ】

スパイク・ジョーンズ監督が、この映画の設定を思いついたのは10年くらい前のことだそうです。

「インターネットで人工知能の記事を見つけて、やってみたんだ。最初は心が騒いだけど、僕が言ったことをオウムのように繰り返しているだけで、知性はないと感じた。でも、もし完全に意識を持っている存在がいて、ある人物がそれと関係を持ったら?と、ストーリーを発展させていったんだ」

そして監督は、セオドアとサマンサを通して、愛と結びつきを可能な限りいろいろな角度で描きたかったそうです。そしてこの映画では恋に落ちるリスクも描いていると。

「僕らは相手に誠実で親密な関係であり続けてほしいと願う。でも僕らは日々成長し、変化していく生き物なんだ。僕らは相手に、その人が望む姿になる自由を与え、変化した相手を愛せるだろうか。そして変化した相手は自分を愛し続けてくれるだろうか。サマンサは進化するように作られている人工知能だ。でも変化するのは僕らも一緒だ。それが恋に落ちるときのリスクなんだよ」

なるほど! この映画はテクノロジーの進化がもたらす人間の結びつきを描いているのではなく、それはあくまで背景でしかないとジョーンズ監督。つまりこの映画は純粋にラブストーリーなのですよ。

【相手の姿が見えないラブストーリーを成立させた監督と役者の力】

『her/世界でひとつの彼女』でアカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞したスパイク・ジョーンズ監督。確かに脚本も優れていますが、カップルのひとりが声だけという難しい設定を見事にモノにしたのは、監督の演出力に加え、ホアキン・フェニックス、スカーレット・ヨハンソンの巧さが際立っていたからでしょう。成長し、変化し続ける人工知能サマンサの声をウィットに飛んだ会話とセクシーなハスキーボイスで演じきったスカーレット・ヨハンソン。彼女の声を受けて、恋する男の喜びと苦悩、そして人工知能に恋した虚しさを切ないくらいリアルに演じきったホアキン・フェニックス。この難しい題材、下手な役者がやったらドン引きですからね。見る者をグッと引き込ませる力はさすが! としか言いようがありません。

恋愛は永遠じゃない。人の心は変化していくものです。出逢ったときの新鮮さと愛し合う喜びと心が離れていく切なさと……恋愛のすべてがつまった『her/世界でひとつの彼女』。紛れもない恋愛映画の傑作です。

執筆=斎藤 香(c)Pouch
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『her/世界でひとつの彼女』
2014年6月28日より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
監督:スパイク・ジョーンズ
出演: ホアキン・フェニックス、スカーレット・ヨハンソン(声の出演)、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド、クリス・プラット、マット・レッシャー、ポーシャ・ダブルデイ、
Photo courtesy of Warner Bros. Pictures