zawazawa
死者があの世からこちらへ帰って来るお盆の時期は、説明のつかない不思議なことがたくさん起きるといいます。

今日は、私が学生時代に合宿で訪れたホテルでの不思議な体験をご紹介したいと思います。

私はお化けを見たことがないのですが、土地や建物についての「なーんか変だな?」というカンだけは当たることが多いのです。それはなぜかというと、日頃はめったなことでは頭痛がしないのに、なにかある場所に行ったときだけ頭が痛くなるからなんです。

【頭痛がするホテル】

私が所属していたサークルでは毎年恒例の夏合宿があり、その年の合宿先は、富士山がきれいに見える湖畔に面したホテルでした。バスに乗ってホテルへ向かう道中、湖を眺めながら、きれいだな……とは、なぜか思えず。私の頭は、ずっと痛かったのです。これは、何かの暗示なのかな……? 

そして、宿泊先のホテルを見た瞬間、頭痛がさらに激しくなりました。もしかしてこれは本当に……。しかし、合宿先なので帰るわけにもいかず、「何もないよ! 気のせいだよ!」と気を取り直して中に入りました。それが気のせいじゃないことが、後からわかるのですが——。

【いかにもな雰囲気】

そのホテルは、とても大きな古い建物で、長い廊下が複雑につながった構造をしていました。

薄暗い階段を降りた一番下の階には大浴場があり、その片隅には、ガラスケースに入った古い鎧兜一式が飾られていました。よくある飾り……のはずなのに、なにか禍々しい感じがあったのを覚えています。

【赤富士の絵と廃屋】

割り当てられた自分の部屋に入ると、頭痛が一層ひどくなりました。この部屋、イヤだなあ……と思いながら荷物を置くと、壁の古びた赤富士の絵が目に入りました。「この絵、何かありそう」と思いつつ、絵の横にあった窓を開けてみると、窓の外には不気味に崩れかけた廃屋が! 

私はすぐに窓を閉め、「この部屋、ヤバいかも」と他の部員に伝え、別の部屋に入れてもらうことにしました。

【不思議な事が次々に 】

他の部屋も、神社の木に巻き付いているような「しめ縄&白い和紙」がぶら下がっていたり、壁一面に手形がついていたり、怪しさ満点。

さらに「トイレから足音や口笛の音がしたが、誰もいない」「隣の部屋でさかんに音がしたが、誰もいない」「食事のたびに、なぜか一足だけスリッパが足りなくなる」などのおかしな出来事が次々に。

信じられないことばかりあるの……もしかしたら、もしかしたら、霊なのかしら〜♪(空元気です)

【部員全員で現象を無視】

部員全員「このホテル、おかしいかも?」と感づきましたが、皆それを認めたくないので「無かったことにする! 」と怪現象を無視していくことに。

大声で歌いながら用を足したり、くだらない冗談を連発するなど、おふざけをひたすら繰り返し、なんとか合宿をやりすごそうとしていました。けれども、その行動が裏目に出たのか? いよいよ誰も無視できない形で、彼ら(?)がその存在を見せつけてきたのです。

【見えない方々がさわぎだす】

合宿最終日は部屋飲みをするのが恒例なので、私は同級生の2人と共に準備をしていました。飲み会部屋に決まったのは、なんと、あのイヤーな感じの「赤富士の絵」がある部屋。

私は「やっぱりこの部屋に戻るハメになったか……」と思いながら、おつまみの袋を開けていると、突然押し入れの上にある収納(天袋)の扉がバターン! と落ちてきたのです。

不思議なもので、その現象に直面すると、人はなかったことにしたいのか、それとも認めたくないからなのか、やけに冷静にふるまうもの。その場にいた3人、誰ひとりとしてキャーとも言わず「あっ、落ちた。」と、落ちた扉を淡々と拾い、また天袋にはめ直しました。

その扉が木製で、重いのなんのって……誰にも扉が当たらなくて良かったな、くらいに思っていました。

【ここに いるよ】

その後、何事もなかったかのように飲み会が始まったのですが、廃屋の側から建物の外壁をガンガンと力強く蹴られる、ものすごい大きな口笛がヒューヒューと部屋の中をかけめぐるなど、「普通、ありえないでしょーっ!」てな現象が続出。

怖くて泣きだす子もいたので、和ませようと「口笛うまいね!」と言った私の顔の横を、姿の見えない口笛の主が走り抜け、耳元に吐息を感じたときは、さすがに震えました。

すっかり飲み会どころではなくなってしまい、解散! 解散!! と全員脱走。私はなるべく大勢に紛れて雑魚寝しようと、いろんな部屋へ逃げたものの、行く先々でささやき声や口笛が聞こえてきてとても眠れません。部屋を出る時に、電気を消した律儀な部員は冷たい手に足をつかまれたそうです……かわいそうに。

夜が明けるまでの数時間、私たち全員、生きた心地がしませんでした。これが、私の経験した最恐の合宿です。

人は居なかったことにされるのがいちばんツラいもの。もっと早く「そこにいる」ことを認めてあげていれば、あんなにエスカレートすることにはならなかったかもしれません。

お盆は、亡くなった方をしっかり思い出すためにあります。その時期には、やはり「そこにいる」方々にも思いを遣り、敬意を払わねばならないのだ、と思った次第です。

画像:ぱくたそ
執筆=はちやまみどり (c) Pouch