【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。

今回ピックアップするのは、秋田県で公開日の動員数が『鬼滅の刃』を超えた！と話題になった『泣く子はいねぇが』です。絶賛公開中の本作を劇場で観てきました。秋田のナマハゲが登場する本作。これがもう切なくなる、胸がギュっとなる感動作だったのです。

【物語】

娘が誕生して嬉しくて仕方がないたすく（仲野太賀）でしたが、いつまでも子供みたいで頼りない夫に妻のことね（吉岡里帆）はイライラしていました。

大晦日の夜、ことねの反対を押し切って、たすくは毎年恒例の「ナマハゲ」の行事に参加。酒は飲まないと約束したものの、誘われると断れず飲酒。飲み過ぎてナマハゲのまま、全裸で外を歩き回り、その姿が全国放送に！　それがきっかけで離婚。

秋田伝統のナマハゲを汚したと地元にいられなくなり、たすくは逃げるように上京するのですが、東京にも居場所はなく……。

【お子様のまま父親になってしまった男】

物語を読む限りでは、なんだか悲惨な話のように思うかもしれません。でも映画は、たすくが辿る道を温かい目で見守っています。

大失敗をしでかしたけど、もともとたすくは悪い男じゃありません。ただ、子供のまま大人になって、父親になっちゃった男なんです。

妻と子供がいながら、妻と育む将来のこと、親になった責任感が感じられず、周囲に流されているようにも見えます。そんな夫にイラつく妻の気持ち、すごくわかる！　たすくは子供の頃から変わっていない。でも、妻は母になり、それまでと生活も人生への心構えも変わっていたのです。

夫婦は二人三脚で歩めなくなってしまった。離婚は「ナマハゲ全裸事件」が起こらなくても避けられなかったかもしれません。

【泣けて泣けて仕方がないラスト】

東京にも居場所がないたすくは、またもや故郷へ戻ってきます。実家に甘えて生活しながら、やり直す道を模索しているたすくは、ことねとよりを戻したい。けど時間が止まったままのたすくと違って、ことねは子育てしながら人生を歩んでいました。家族の死を迎えたり、慣れないホステスの仕事を経て、新しいパートナーと人生のスタートを切っていたのです。

やがて、たすくと話す時間をくれたことねから、娘が保育園の発表会に出ることを聞いたたすくは、こっそり見に行きます。そこからが怒涛の展開！

これはぜひ劇場で観てほしいのですが、胸が痛くなるほどの切ない感情がほとばしりました。泣けて泣けて仕方がなかった。ラストシーンも秀逸ですね。ナマハゲで失敗したたすくが、ナマハゲに救ってもらうんです。

【役者たちの名演と気鋭の若手・佐藤監督の演出の輝き】

たすく役は仲野太賀さん、妻のことね役は吉岡里帆さん。ほか「なまはげ存続の会」会長に柳葉敏郎さん、たすくの親友に寛 一 郎さん、お母さん役に余貴美子さんなど、演技派が勢ぞろい。そして演出の佐藤快磨監督は秋田出身、是枝裕和監督に見いだされた気鋭の若手監督です。

「幼い頃、友人の家でナマハゲを体験し、友達がお父さんに大泣きしながら抱きついているのに、自分には抱きつける家族がいなくて、泣くのを我慢した覚えがあります。ナマハゲは子供を泣かせるだけでなく、親が子を守り、守ることで男を父親にする行事だと思いました」（公式HPより抜粋）

佐藤監督のエピソードまで切ないという……。秋田の寒々とした空気が伝わってくるような映像、大人でもちょっと怖いナマハゲの迫力、ダメ男子たすくの感情のリアルな揺れをまっすぐに映像に刻んだ佐藤監督の手腕は本物！　あと個人的には、佐藤監督は女性たちを男にとって都合のいい女に描かないところが好きでした。ことねが自立しようと不器用ながら頑張る姿、よりを戻したいと言われてもきっぱりと突っぱねる姿は良かったです。

あとこの映画で初めて知ったのですが、たすくの母が売り子をしているババヘラアイス。秋田名物なんですね。映画では全然売れてなかったけど、おいしそう。コーンの上にアイスを花びら風に盛っているので可愛いんです。

スペインのサン・セバスティアン映画祭で撮影賞を受賞したり、秋田での動員数が『鬼滅の刃』を抜いたり、コロナ禍でも映画業界は踏ん張っています！　心に刺さる感動作が観たい人、感染予防を万全に整えて、ぜひ『泣く子はいねぇが』を劇場で観てください。

執筆：斎藤香(c)Pouch

『泣く子はいねぇが』
（2020年11月20日より、全国公開中）
監督・脚本・編集：佐藤快磨
出演：仲野太賀、吉岡里帆、寛 一 郎、 山中 崇、 田村健太郎、古川琴音、松浦祐也、師岡広明、高橋周平、板橋駿谷、猪股俊明、余 貴美子、柳葉敏郎
(c)2020「泣く子はいねぇが」製作委員会