【最新公開シネマ批評】映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。

今回ピックアップするのは、菅田将暉&原田美枝子出演の映画『百花』(2022年9月9日公開)。本作は、映画プロデューサーとして『告白』をはじめ、数々のヒット作を生み出してきた川村元気氏が監督。自身が執筆した同名小説を自ら演出した作品です。では、物語からいってみましょう。

【物語】

レコード会社に勤務する泉(菅田将暉さん)とピアノ教師の母・百合子(原田美枝子さん)。お互いを大切に思いながらも、過去の “ある事件” がきっかけで、どこかぎこちなく不安定な親子関係です。

百合子には認知症の兆候が見え始め、泉の妻・香織(長澤まさみさん)の名前も忘れてしまいます。そんな母を支えながら生活をしていた泉はある日、母の過去の日記を見つけます。そこには “ある事件” の真相と、母・百合子の思いが綴られていました。

【ぎこちない親子の関係がゆっくりと明らかに】

百合子は認知症を発症しているので、現在と回想が交錯する日々を送っているので記憶は途切れ途切れ。なので、ますます泉は困惑します。

母が息子に対して起こした “ある事件”。泉はその真相を知らないまま生きていくのだろうか……と思っていたら、母の日記がその謎を解き明かしていくのです。

親が認知症になり、家族が支える映画は多くありますが、本作がほかの作品と少し異なるのは「母の記憶から、親子の関係を危うくした事件を紐解いていく物語」であること。同じく、老いた主人公の記憶を主軸に置いたアンソニー・ポプキンス主演映画『ファーザー』(2020)を少し思い出しました。

【百合子の人生を浮き上がらせていく日記の存在】

百合子の途切れ途切れの記憶をつなぎ合わせていく日記……。そのとき何があったのかは、ぜひ映画で見ていただきたいのですが、認知症が進行していく現在の百合子、そして過去、人生において大きな出来事を体験した百合子。ひとりの女性の人生が、映画の中で浮かび上がってきます。

この母・百合子を演じる原田美枝子さんが素晴らしく、ときどき少女みたいに見えるんですよ。

地に足がついていないようなフワフワした毎日を送る姿にもリアリティがあり「記憶が曖昧になるとこんな感じなのかな」と思ったりしました。

【悩める菅田将暉の演技】

菅田将暉さんが演じる泉は母をとても大切に思っています。だからこそ、彼女が起こした出来事がずっと胸に引っ掛かっていて「なぜ? どうして?」という思いが大人になっても拭いきれないのです。

今回の菅田さんは心のしこりが取れないまま大人になった青年なので、笑顔をあまり見せません。でも、苦しみながらもなんとか前を向いて生きてきた男性を静かな芝居で見せてくれます。

少し残念だったのは、泉の妻・香織を演じた長澤まさみさんの存在感が希薄だったこと。百合子と泉を少し離れて見つめているポジションをしっかり守っているのですが、香織の心の内が私にはよく見えませんでした。

映画をじっくり鑑賞したい人におすすめしたい作品『百花』。この映画を見ると親に会いたくなったり、もっと優しくしようなんて思ったりするかも。心にじわっと染みてくる、そんな作品です。

執筆:斎藤 香(c)Pouch
Photo:(C)2022「百花」製作委員会

『百花』
(2022年9月9日より、全国ロードショー)
監督:川村元気
脚本:平瀬謙太朗 川村元気
原作:「百花」川村元気(文春文庫刊)
出演:菅田将暉 原田美枝子 長澤まさみ/
北村有起哉 岡山天音 河合優実 長塚圭史
板谷由夏 神野三鈴/永瀬正敏