
【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。
ピックアップするのは、ケイト・ブランシェット主演映画『TAR/ター』(2023年5月12日公開)。ベルリン・フィルオーケストラ初の女性首席指揮者、リディア・ターの完璧な人生が崩壊していく様をスリリングに描いた作品です。
試写で鑑賞しましたが、ケイト・ブランシェットさんの大熱演に圧倒され、2時間18分という長尺を感じさせないくらい面白かった! では、物語から。
【物語】
リディア・ター(ケイト・ブランシェットさん)は世界最高峰の音楽家。アメリカの5大オーケストラの指揮者を務めたのち、ベルリン・フィル首席指揮者に就任。作曲家としてもアカデミー賞にグラミー賞、トニー賞、エミー賞も制した圧倒的な存在です!
しかし、ターは新曲の制作が進まず焦っていました。
そんなスランプに陥っているとき、かつて指導していた若手の女性指揮者が自殺をしたという連絡が入ります。巻き込まれることを恐れ、アシスタントに彼女とやりとりをしたメールを全て削除するように指示したのですが、事態は思わぬ方向へ……。
【クラシック音楽界を牛耳る圧倒的な存在】
冒頭、ターがいかにすごい存在かが描かれます。音楽家が夢見る全ての栄誉を手中に収め、そのキャリアは完ぺき! 私生活では、コンサートマスター&ヴァイオリン奏者の女性とふたりで養女を育てており、公私共に充実しています。
しかしターには周囲に対する圧があり、彼女に逆らうことができる人物はいません。彼女の思うままにことは進み、そこには権力を持った者の傲慢が見え隠れするのです。
【パワハラ、モラハラ、セクハラも?】
ベルリン・フィルはター王国と言っても過言ではないのですが、自殺した若い女性指揮者の件が彼女の人生を狂わせます。
「二人の間に何があったのか?」。
徐々に明るみに出てくるその出来事は、パワハラ、モラハラ、セクハラの気配濃厚!
人を死に至らしめるほどのことをしたのに、彼女の死を悼むよりも自分の地位を守ることに躍起になるター。これが世間にバレたら……と、焦るのです。そういうところが人としてダメなのではないかと。
【権力を持った人間の恐ろしさ】
前半から描かれるのは、ジワジワと感じる彼女の怖さ。
たとえば音楽院で講義をしたときに、バッハの人間性を批判した生徒に対し自身の音楽理論を畳み掛けて論破。最後に嫌味を付け加えて生徒を傷つけます。ほかにも副指揮者をクビにしようとしたり、コンサートでは自身が気に入った新人チェロ奏者のためにソロ曲を与えて楽団トップのチェロ奏者を傷つけたり……。
自分のお気に入りにはチャンスを与え、足手まといは切り捨てる、それに刃向かうのなら牙を向き、意に沿わないことが許せないター。
音楽界では優秀と称えられていても、人としては尊敬できない人物なのに、なぜか彼女から目が離せないんです。
権力を持つ者の圧力の脅威と崩壊を描いた作品でしたが、ターの魅力を1つ挙げるとしたら、彼女は何よりも音楽を愛し、決して音楽から離れないということ。ラストには驚きましたが、音楽を手放さないターの情熱の炎は最後まで消えることはありませんでした。
【ケイト・ブランシェットの怪演】
それにしても、ターを演じたケイト・ブランシェットはすごかった!
演奏シーンは全てケイトが本当にタクトを振って指揮をしていたそうです。そんな渾身の演技を見せた彼女のことをトッド・フィールド監督曰く、
「ケイトがこの映画の準備に入ったとき、彼女は2本の作品に参加していた。それでもピアノとドイツ語を習得。本作の撮影中もその日の撮影が終わると練習に取り組んでいた。彼女はほとんど寝てないんじゃないかな」(公式プレスから抜粋)
彼女が役を完璧に自分に落とし込もうとする姿勢があったからこそ、ターという人物がスクリーンから怖いくらいダイレクトに迫ってきたんだと思います。
絶賛公開中の本作、賛否はあるようですが、全編出ずっぱりでターの栄光と凋落の人生を生き抜いたケイト・ブランシェットの怪演を見るだけでも価値ある1本。ぜひ劇場で見ていただきたいです!
執筆:斎藤 香(c)Pouch
Photo: © 2022 FOCUS FEATURES LLC.
『TAR/ター』
(2023年5月12日より、全国ロードショー)
監督・脚本・製作:トッド・フィールド
出演:ケイト・ブランシェット ニーナ・ホス マーク・ストロング ジュリアン・グローヴァ―






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