【最新公開シネマ批評】映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。
今回ピックアップするのは、是枝裕和監督の最新作『怪物』(2023年6月2日公開)です。第76回カンヌ国際映画祭で、クィア・パルム賞、そして坂元裕二さんが脚本賞を受賞したことでも話題の本作。
是枝監督の演出と坂元裕二さんの脚本、そして坂本龍一さんの音楽、それぞれの才能が輝く素晴らしい作品でした! では、物語から。
【物語】
夫を事故で亡くした麦野早織(安藤サクラさん)は、11歳の息子・溱(黒川想矢さん)とふたり暮らし。しかし、スニーカーが片方なくなっていたり、水筒から泥水が出てきたり、早織は湊のことが心配でたまりません。
そんなある日、怪我をした湊は病院で脳のCT検査を受けます。異常はなくホッとしたのも束の間、湊は早織に「担任の保利先生(永山瑛太さん)に “湊の脳は豚の脳と入れ替えられた” と言われた」と語り、涙ぐむのです。
加えて、先生から体罰を受けたと聞いた早織は学校に出向きますが、校長先生(田中裕子さん)や保利先生から形だけの謝罪を受けるだけで、納得できません。
しかも、「湊が同級生の星川依里(柊木陽太さん)をいじめていた」と保利先生から反論されるのです。
【1つ目の視点:早織】
本作は、湊が教師に「モラハラを受けている」という一件と、湊が教室で保利先生に顔をぶたれて怪我をした体罰をもとに、モラハラ教師や無責任な教師たちのエピソードが、3つの視点で描かれます。
最初に描かれるのは、早織の視点。
早織は息子が酷い目にあっているのではないかと不安でたまらないため、原因を知りたい、学校側には誠実に対応してもらいたい、という気持ちでいっぱいです。だから何度も話し合おうとしますが学校側の対応が悪いため、保護者全員の前で保利先生に謝罪してもらうことになるのです。
私も早織に寄り添って観ていたので、「早くこの件を終わらせたい」という学校側の態度に不信感を抱きました。
【2つ目の視点:保利先生】
ところが保利先生の視点に移ると、同じエピソードのはずが見えてくる景色が変わっていきます。
先生が悪いと一方的に思っていたけれど、教室での湊への体罰、校長室で早織と対面したときに話したかったことなど、保利先生にも言い分があったのです。
早織視点で見ていたときに謎だったことが、保利先生の視点で徐々に明らかになっていくと、心がザワザワしました。
本当のことを言えない事情が保利先生にはあった。けれど、体罰の件が大きくなっていき、先生を追い詰めていくのです。
【3つ目の視点:湊と星川】
そして最後は、当事者の湊と星川くんの視点。ここで全てが明らかになります。
保利先生がトイレで目撃した “湊が星川くんをいじめている” と思った出来事、湊が夜遅くまで帰らずに早織を心配させた出来事、”豚の脳” の真実などが、少年ふたりの交流を軸に繊細なタッチで描かれていきます。
3つの視点によって真実が見えてくると同時に、思い込みの怖さを感じました。不安になるようなことが起こったとき、その気持ちを早く落ち着かせたいために、私たちは答えを無理やり探そうとしてはいないでしょうか。
憶測で原因を決めつけたり、信憑性のない噂を信じてしまったり……。ひとつの側面だけで答えを見つけようとすると真実からどんどん離れていくこともあると映画『怪物』は教えてくれました。
【坂元脚本×是枝映画の相性、俳優たちの素晴らしさ】
本作は演出、脚本、演技の3つが絶妙に重なり合って素晴らしいハーモニーを奏でている美しい作品。視点が移り変わっていくに従って、見える世界が変化していく様子が自然に心に入り込んで来るのは、俳優陣の安定したお芝居の力も大きいと思います。
特にこの映画の鍵となる少年ふたりを演じた黒川くんと柊木くんが良かった! やはり是枝監督は子どもの演出が抜群に上手いなと改めて思いました。
“怪物だーれだ” はこの映画のキャッチコピーですが、その答えをぜひ映画館でたしかめてください。
執筆:斎藤 香(C)Pouch
Photo:©2023「怪物」製作委員会
『怪物』
(2023年6月2日より全国ロードショー)
監督・編集:是枝裕和『万引き家族』
出演:安藤サクラ 永山瑛太 黒川想矢 柊木陽太 / 高畑充希 角田晃広 中村獅童 / 田中裕子
脚本:坂元裕二『花束みたいな恋をした』
音楽:坂本龍一『レヴェナント:蘇えりし者』
配給:ギャガ
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