「心臓の前に脳が壊れるすべての人へ」

ギャスパー・ノエ監督最新映画『VORTEX ヴォルテックス』冒頭に流れるこのテロップに、私は度肝を抜かれました。

画面に映し出される抜けるような青空と、窓越しに笑顔をかわす1組の老夫婦。幸せに満ちた朝の光景とは、いささか似つかわしくない言葉です。

けれど、このあと老夫婦は坂道を転がり落ちるように壊れていくんです。心臓と脳、そのすべてが機能しなくなるまで。

【あらすじ】

映画評論家の夫と元・精神科医の妻。いつしか妻は認知症を患うようになり、日を追うごと状態は悪化していきます。いっぽう、夫は心臓に持病を抱えていました。

ふたりには離れて暮らす息子がいますが、あまり頼りにはなりません。そうこうしているうちにも、刻一刻と近づいてくる最期のときーーー。

【ドキュメンタリーを観ているかのよう】

本作の興味深いところは画面を2分割し、片方では心臓病の夫、もう片方では認知症の妻を映し続けるところ。

淡々と静かに過ぎゆく日々のなか、ふたりの日常を同時進行で追ううちに、いつしかその場にいるような感覚にとらわれていきます。

本作で夫を演じるのは、80歳(当時)にして人生最初で最後の主演を務めた、ホラー映画界の巨匠ダリオ・アルジェント監督。

いっぽう妻を演じるのは、フランスの伝説的女優フランソワーズ・ルブランさん。「役を演じるにあたって認知症患者を徹底的に研究した」というだけあって、表情も振る舞いも、当事者としか思えないほどリアルなんです……!

本作はフィクションですが、ドキュメンタリー映画のように感じることがあります。だからこそ、「ものすごいものを観た」という衝撃があるし、胸にドスンと響くものがありました。

【“人生の最期” を親と子どもの視点から見る】

頼れるものもなく、決して裕福ではない老夫婦とそのひとり息子。彼らに年齢が近い人や似たような境遇に置かれている人ほど、自分を重ねてしまうことでしょう。

私は息子と同世代なので、自分ごととしか思えなくて血の気が引いてしまいました。

そして親世代なら、あまりにもリアルな人生の最期を目の当たりにして、見ていられないほど痛ましい気持ちになるかもしれません。

本作のように、夫婦そろって体に問題を抱えている場合は、毎日が綱渡りのよう。どちらかが倒れたら、一巻の終わりーーー。

また、夫婦それぞれが見ている世界の対比も見事です。外の世界とつながり続ける夫と、自分の内側でさまよい続ける妻。お互いを想い合っているようで、かみ合わない。そうした描写があまりにも切なく、同時に現実的でもありました。

【ひたひたと恐怖が押し寄せてくる映画です】

麻薬・セックス・暴力を封印したギャスパー・ノエ監督が描く「病と死」。

これまでと真逆の世界観のように見えて、実は表裏一体。「老夫婦を通して死ぬまでの時間を追体験する」という描写は極めて挑戦的です。

アート映画のように不思議と心地よい質感が、どうしようもない絶望と絡まってゆく。静かでありながら、壮絶なまでに暴力的な本作に圧倒されました。

時間が経つごと、ボディブローのように効いてゆく映画でもあるので、心してご覧ください。

■『VORTEX ヴォルテックス』
2023年12月8日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

参照元:映画『VORTEX ヴォルテックス』公式サイト
執筆:田端あんじ (c)Pouch
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