【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。

今回ピックアップするのは映画『メランコリック』(2019年8月3日公開)です。監督・脚本・編集は田中征爾さんで、本作が長編映画デビューの新人監督。キャストも初めて拝見する俳優さんばかり。でもすごくいい、面白い! 

昨年『カメラを止めるな!』が受賞をしたウディネ・ファーイースト映画祭新人監督作品賞を受賞しており、2019年の『カメ止め』になるかもしれません!というわけで、ご紹介したいと思います。

【物語】

鍋岡和彦(皆川暢二)30歳。東大を卒業したけれど、就職はせず、やりたいこともなく、実家暮らしでなんとなく毎日をやり過ごしています。彼は高校時代の同級生・百合(吉田芽吹)と銭湯で再会。「バイト募集しているよ。やってみれば」と勧められ、銭湯でバイトを始めることに。オーナー(羽田真)との面接を経て、同じくバイト志望の松本(磯崎義知)と一緒に採用が決定しました。しかし、ある日、和彦は知ってしまったのです。深夜の銭湯で殺人が行われていることを!

【和彦のヤバイ運命にグイグイ惹きつけられる!】

大評判という噂を耳にしてハードルを上げて鑑賞したのですが、見事期待に応えてくれました。面白かったです!

無名の監督と俳優たちの映画が業界で評判ということから『カメラを止めるな!』が引き合いに出されますが、映画の世界観は全く違います。『カメ止め』の演出は計算されており、狙いも明確。かつ爆笑を生む展開となっていますが、本作の面白さはじわりじわりと忍び寄って来る感じです。

ニートの主人公が、銭湯で殺人を目撃したあと、彼はオーナーから「死体のお片付けを手伝って」と言われ、少しとまどうものの素直に受け入れ、死体を片付ける日々が、和彦の日常になっていくというヘンテコな設定が面白い!

【死体の片付けから主人公の人生が動き出す】

深夜の銭湯でたびたび行われていることは異常なことなのですが、映画はことさらサスペンスを強調することはありません。「死体、そこにあるから、あとはよろしくね」とアッサリ。田中監督が描く世界は、異常な状況を武器に映画を盛り上げていくものではありません。異常な状況に主人公がスッポリはまってから、ジワジワ変わっていく可笑しさがあります。

あんなに「何もかもやる気なし」だったのに、バイト仲間の松本が一緒にヤバイ仕事を手伝いだすとライバル心を抱いたり、死体の片付けで自分に自信を持てたのか、百合に告白したり、おそらく和彦は、人生でこれほど心動かす出来事に出会ったことがなかったのかもしれません。死体のお片付けをきっかけに青春スタート!といった感じです。やってる仕事は最悪なのですが……。

【ウディ・アレンとキレキレのアクションの融合】

田中監督はウディ・アレンのような映画が好みらしく、確かに本作はアレン風のシニカルな雰囲気とウィットにとんだ会話がありました。特に和彦の両親が最高! 夫婦仲がよくて、ニートな息子にも優しくて、何度も出てくる家族団らんシーンは、後半の絶妙な笑いの伏線になっているので、要注意です!

そして松本役の磯崎義知はアクションの演出も担当。プロの殺し屋が仕事をするわけですから、銃の持ち方、身のこなし、キレッキレでないと説得力はありませんからね。

そして、何より役者さんたちがみんな上手かった! 異常な世界の中でもリアリティのあるやりとりがあったからこそ、映画『メランコリック』はグイグイと見る人を引きこんでいったのではないかと思うのです。

映画『メランコリック』は、田中監督、皆川さん、磯崎さんの3人で立ち上げた映画製作ユニット One Gooseの映画製作第1弾だそう。低予算による手作り感がありつつも、内容のクオリティは高く、すでに国内外の映画祭でも話題。スターが出演する超大作もいいけど、たまには新しい才能が生んだフレッシュな作品を観るのもいいですよ!

執筆:斎藤香 (c)Pouch

メランコリック
(2019年8月3日より、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ港北ニュータウンほか全国順次公開)
監督・脚本・編集:田中征爾
出演:皆川暢二、磯崎義知、吉田芽吹、羽田真 、矢田政伸 、浜谷康幸、ステファニー・アリエン、大久保裕太、山下ケイジ、新海ひろ子、蒲池貴範ほか